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日常で起こる様々な現象に、ツッコんだりボケたりするブログ。

創作落語『五個入り団子』

惚れっぽい人というのは、いつの時代でもいるもので。ちょっと服装を褒められただけ、ほんのわずかばかり手が触れただけでも、気になっちゃう男はたくさんいます。僕もその一人なんですけどね。ハハ〜ンあの子俺のこと好きだな…とすぐに思いこんでしまう「勘違い男」の話をお一つ。

 

(玄関を開け、仕事場に突然あがってくる八五郎)
八五郎「おい、熊さん!ちょいと聞いてくれよ。どうせ、いま暇だろ?」
熊五郎「お前なぁ、いきなり入って来て、どうせ暇だろとは何だよ。失礼な野朗だ。いま仕事をしてるんだ、見たら分かるだろ?」
八「仕事?あぁ、それ仕事していたのか。」
熊「木材にカンナかけてるんだぞ、どう見ても仕事だろ。」
八「え、木材?奥さんの足にマッサージオイルでも塗ってるのかと思ったよ。」
熊「バカ。確かにカカアの足は太ぇけどなぁ…。木材と比べるんじゃねぇよ。木材に失礼だろ。」
八「おいおい、足の方が太いのかよ。」
熊「まぁ、今ちょうど仕事に区切りがついたんで、休憩しようと思っていたところだ。で、話って何だ?」
八「ああ、話ね。忘れるところだった。この通りの先に団子屋があるだろ?」
熊「ああ、あそこの団子屋ね。」
八「で、そこの看板娘におみっちゃんってのがいるだろ?」
熊「おみっちゃんか。知ってるよ。器量が良くて接客もうまいから、男衆に人気なんだよなぁ。この前聞いた話だとファンクラブもあるらしいな。」
八「そうそう、そのおみっちゃん。あの子な…俺のことに惚れてるんだと思うんだ。」
熊「何かと思ったら、またそんな話かい。お前はいつもそうやって惚れられたって話してくるけど、一度たりとて本当だった試しがねぇじゃねぇか。どうせまた勘違いだろ。」
八「今回ばかりは本当なんだって。俺の話を聞いてくれたら、熊さんも納得してくれると思うんだ。」
熊「へぇ、そうかい。じゃぁ話しておくれよ。タバコ吸いながら、新聞読みながら、鼻くそほじりながら聞いてやるよ。」
八「すごい屈辱的なんですけど…。まぁ、いいや聞いておくれよ。あの店の団子っていつも4個入りだろ?」
熊「ああ、確かそうだったな。」
八「でも、俺が行くときは、なぜかときどき5個入りになってるんだよ。それ見たとき、俺はピーンと来たね。あれは、おみっちゃんからのメッセージなんだよ。口で言うのは恥ずかしいから、遠回しに伝えてるんだよなぁ。団子が5個で、ア・イ・シ・テ・ルのサイン。」
熊「どこかで聞いたことがあるフレーズだな。どうせ5日、15日、25日…5のつく日は団子デーで、サービスしてくれたとかそんな所だろ?」
八「いや、サービスとかそんなんじゃねぇと思うんだ。他にもあるよ!お釣り渡すときに手がそっと触れるんだ。すると、おみっちゃんは顔をポッと赤らめる。ウブだねぇ。そのあと、帰り際に『また来てね』って行ってくれるんだぜ?また来てねって言われちゃあ、行くしかねぇよな。しょうがねぇ女だなって思いながら、明日もそのまた明日も行っちゃうわけだ。くぅ〜。おみっちゃんは俺がいないと寂しいんだろうな。」
熊「『また来てね』なんて当たり前だろ。『もう来んな』っていうお店があるかよ。お前と俺の仲だ。この際だからハッキリ言わせてもらうが、そりゃあ脈ナシだな。」
八「脈ナシ?脈無かったら死んじまうよ?ほら、手首押さえるとドクドク鳴ってるよ。」
熊「そうじゃなくて、お前の勘違いって意味だよ。お前は女慣れしていないから、こういう勘違いを起こしてしまうんだ。そうだ、吉原にでも行って耐性を付けておこうじゃねぇか。お前一人で行かせるのは心配だからな、俺も一緒について行ってやるよ。」
八「吉原かぁ、俺ぁ初めて行くから怖いな。煮たり焼いたりして食われねぇかな?」
熊「お前は女を何と思ってんだよ。地獄じゃあるめぇに。俺がついて行ってやるんだ、どーんと大舟に乗ったつもりでいれば大丈夫。まかせとけ。ただ、残念ながら、今日は持ち合わせの金がねぇんだ。女遊びの楽しさを俺が教えてやるから、授業料として肩代わりしてくれるよな?」
八「何でぇそれが目的かい。まぁ、女に慣れていないのは確かだ。今日は熊さんにまかせるよ。」

 

 

その日の晩、2人は柳橋から舟を出し吉原へ向かう。お座敷でもって宴会を始め、ちょうどいい頃合いに芸者を呼ぶことに。
熊「おーい、ちょいと来ておくれ。芸者を呼んでほしいんだがな、こいつにとびきり器量のいい子をつけてくれよ。」
八「ちょっと熊さん、待ってくれ。最初からべっぴんさんは危険じゃねぇか?お風呂だってかけ湯は足からかけたほうが良いって言うだろ、頭から一気にかぶったら心臓発作で死んじまうよ。まずは、とびきりブサイクから始めるのがいいと思うんだ。」
熊「とびきりブサイクなんて俺がお断りだよ。せっかく吉原まで来たんだ…そうだ、では間をとってとびきり普通の芸者を呼ぼうじゃないか。それならいいだろ?では、そういうことだから女将さん、とびきり普通の芸者ね、頼んだよ?」

熊「お、芸者さん来たみたいだね。どうぞ入ってくださいな。あらま、こりゃ見事なほど普通だね。この八公って奴が、芸者遊びが初めてなんだ。よくしてやってくれよ。」
八「へっへっへっへっ、お酌していただけるんですが、いやいやありがてぇや。あっしは冷やでお願いしますね。おっとっと、そんなに並々に注がなくても、おっとっとっとっと…。あぁ〜こぼしちゃった!自分で拭きますから大丈夫ですよ。え?お姉さんが拭いてくれるの?いやいやいやいや、そんなとこまで拭いてくれるのかい?あぁ〜!」
熊「もうちょっと静かに飲めねぇのかよ?まぁ、お前が楽しんでくれたら良いんだけどね。」

 

三味線、都々逸、お座敷遊び。女と料理を肴にどんちゃんさわぎ。最初はどぎまぎしていた八五郎もべろんべろんに酔っ払って、気が大きくなる。一刻ほどたった頃、芸者が少しばかり席を外すと…
八「熊さん、遊びってのは楽しいねぇ。こんなに女性と触れ合えるなんて、おれぁ夢心地だよ。」
熊「そうか。それは良かったな。」
八「ところで熊さん、一つ頼みごとがあるのですがぁ〜」
熊「おう、何だ?」
八「おれぁ気づいちゃったね、あの芸者さぁ、おれに“へ”の字だよ。」
熊「への字?お前、それを言うならホの字。臭そうな字を書くんじゃねぇよ。」
八「あっはっは、そうそう!ホの字、ホの字!」
熊「また出ちゃったよ、こいつの悪い癖が。あのな、芸者ってのは客に惚れないもんなの!お前の勘違いだよ!」
八「それは普通の客の場合だろ?おれは例外なの!見てみろ、このくっきりとした目、富士山よりも高い鼻、歌舞伎役者のようにスッと整った唇。こんな良い男を一目見ちゃうと、どんな芸者だってイチコロよ?」
熊「いい眼科医、紹介してあげようか?」
八「うるさいうるさい、嫉妬するんじゃねぇよ!ブルドックをプレス機にかけたような顔しやがって!」
熊「何でぇ、口が悪いなぁ!こいつは一度痛い目をみないと分からねぇみたいだな。だったら、俺にも考えはあるよ。」

 

するってぇと熊五郎は座敷を飛び出し、廊下を歩いていた芸者の元へ。コソコソと口裏を合わせて、何もなかったかのように座敷に戻って来た。
熊「八公、さっきはごめんな。惚れちゃいないと頭ごなしに決めつけるのは野暮だよな。俺はいけねぇことを言っちまったよ。」
八「そうだよ。わかればいいんだよ、このプレスドック。」
熊「もうすぐ芸者が戻ってくるらしいから、その時に告白してみたらどうかい?お前ほどの美男子が告白すれば、相手も黙っちゃいねぇだろ。絶対成功するから、ガツンと行ってこいよ!」
八「当たりめぇよ。俺を誰だと思っていやがる?言われなくても告白してやらぁ。お、芸者が帰って来たみてぇだな。」
芸者「ただいま戻りました。」
八「おう、おう、おう。芸者さん、あんた俺に惚れてんだろ?何も言わなくても分かってらぁ、黙って俺に着いて来な。」
芸者「だまらっしゃい、この勘違い男!さっきから、あちきの体をジロジロと眺めちゃって、セクハラでお奉行様にかけよるわよ!くっきりとした目、富士山のよりも高い鼻、歌舞伎役者のように整った唇ですって?あんたなんか、切り傷みたいな細い目で、高尾山みたいに丘か山かよく分からない鼻で、辛子明太子みたいなタラコ唇なのよ!あんたみたいなドブネズミをプレス機にかけた男なんて嫌ですわ!」
八「な、何でぇ。そこまで言わなくたっていいだろー!死んでやらぁー!」

 

八五郎はあまりのショックに泣きながら、座敷を飛び出す。それを見ながら、ゲラゲラと笑う熊五郎。
芸者「ねぇ、熊さん。あんなに酷いこと言っても良かったの?」
熊「いいんだ、いいんだ。あいつはあれくらいビシッと言ってやらねぇと治らねぇんだよ。ショック療法ってやつだ。これで勘違い男も治るだろ。」

 

 

所変わって、吾妻橋吾妻橋といえば落語では有名な自殺の舞台。八五郎はあまりの悲しさに、橋の上で身投げしようとやって来た。
八「くそぉ、あそこまで言わなくたって良いじゃないか…。熊さんの言う通り、俺ってやっぱり勘違い男なのかな。1人で女に浮かれて1人で勘違いしてやがる、これじゃバカみてぇじゃねぇかよ。俺みたいな男なんて生きていたってしょうがねぇよな。そうだ、身投げしてやろう。このまま独り身で生きていくなら未練はねぇや…」
おみつ「ちょっと待って、八五郎さん!」
八「え。どうしたんでぇ、おみっちゃん?」
おみつ「お店の戸締りをしていたら、泣きながら走り抜ける八五郎さんを見かけて、心配になって追いかけて来たの。」
八「おみっちゃんは優しいな。けど申し訳ねぇ、俺はもうこの世に未練はねぇんだ。女性に惚れられちゃあいねぇのに、勘違いしてしまう阿呆なんて死んでしまったほうがマシだよ。」
おみつ「八五郎さんは勘違い男なんかじゃない!だって、あたいは八五郎さんのこと前から気になっていたんだよ?」
八「え。」
おみつ「団子だって八五郎さんが来たときには、店長に頼んで5個入りにしてもらっていたの。気づいていないと思うけど、実はあれ、ア・イ・シ・テ・ルのサインだったんだよ?」
八「えー!?」
おみつ「だからさぁ、死ぬなんて言わないでおくれよ。あたい、八五郎さんがいない世の中なんて、寂しくて生きられないわ。八五郎さんが死ぬなら、あたいも死にます…」
八「おみっちゃん、大丈夫だよ。もう身投げするなんて言わないよ。」
おみつ「本当?」
八「ああ、もう川に飛び込むのはやめた。これからは一緒に恋に溺れよう。」 (完)