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日常で起こる様々な現象に、ツッコんだりボケたりするブログ。

新作落語『お見合いパーティー』

 カップルが別れるとき、未練がましいのは大体『男』でございますね。昔の彼女の写真をいつまでも残しておいたり、携帯電話のアドレス帳から消せなかったりと、女々しいのが男の特徴でございます。それと比べると、女性は別れ際がサッパリとしておりますね。別れる直前はメソメソと泣いていたのに、別れて数日たつとコロッと男のことなんか忘れてしまいます。男からすると寂しいもんですね。

 

 カップルだけでなくて、熟年夫婦が死別するときも同じでございます。妻が亡くなると、残された男性は魂が抜けたようにぼーっとなる。こりゃ、どっちが成仏したのかよく分かりませんな。このお話もまた、妻を失くした哀しき男の話でございます。

 


息子の妻(以後、妻)「あなた、ちょっと相談があるんだけど。」
息子「どうした?」
妻「お義父さんのことなんだけど……先々月、お母さんが亡くなってから、ずっと縁側でぼーっと外を眺めているのね。あたし、ちょっと心配だわ。」
息子「確かになぁ。」
妻「この前なんて、庭に迷い込んだ野良猫に向かって『エミ子、エミ子…』ってお母さんの名前をつぶやいていたのよ?」
息子「それは、ちょっと重症だなぁ。そうだ、この前チラシで80歳以上限定のお見合いパーティーの案内が来ていたはずだ。気分を入れ替えるためにも行ってみたらどうだろうか?」
妻「へぇー、80歳以上限定のパーティーなんてあるのね。初めて聞いたわ」
息子「高齢化社会と言われているからな。需要があるんだろう。」
妻「気分転換には良いかも知れないわね。行ってみるかお義父さんに聞いてみたら?」

 

息子「なぁ、親父。ちょっといいかな。」
父「おお、エミ子か……!?」
息子「馬鹿!俺だよ!息子と母親間違えるんじゃないよ。」
父「すまんすまん、どうした?」
息子「最近親父ずっとふさぎ込んでいるだろ?気分を変えるためにもお見合いパーティーなんてどうかなぁ」
父「お見合いパーティーは若い人が行くところじゃないか、ジジイが行っても見向きされないだろう。」
息子「いやいや、80歳以上限定のお見合いパーティーらしいんだよ。親父にピッタリじゃねぇか。」
父「80歳以上限定!?そんなのヨボヨボ婆さんしか来ないだろ。」
息子「83歳のヨボヨボジジイが何言ってるんだよ。まぁ、遊びだと思って行ってみなよ。」

 

 

(お見合い会場に父が一人でやって来る)
スタッフ「えー、本日は『80歳以上限定 ドキっ!シニアだらけのお見合いパーティー』にお越しいただき誠にありがとうございます。わたくし、当スタッフの関口でございます。そちらのお父様は、当パーティーは初めてでございますね?」
父「ああ、そうだな。結構人数が集まっているんだな、驚いたよ。」
スタッフ「今はシニア世代でも独り身の方が多いですからね。」
父「そういうもんかね。」
スタッフ「また、当パーティーは、お客様の体調を考慮してサポートは万全でございます。医者2名、看護師5名の医療スタッフがひかえておりますので。めまい、動悸、心不全、恋の病、何でもござれでございます。」
父「恋の病なんて、医者が治せるのかねぇ」
スタッフ「まずは、お手元にありますプロフィールカードにお名前・年齢・特技・年収をお書きください。」
父「はいはい、これね。ここに記入すればいいんだな?えーと、まずは名前からだな。名前は『面接 トオル』。」
スタッフ「履歴書の見本みたいな名前ですね。」
父「うるせぇな。年齢は83歳っと。」
スタッフ「え、83歳なんですか?お若いですねー。」
父「お、そうかい?嬉しいねぇ、何歳に見えるかい?」
スタッフ「えーと、81歳くらいですかね。」
父「ほぼ誤差の範囲内じゃねぇかよ。つぎは特技か。ゲートボールとかでもいいのか?」
スタッフ「もちろんでございます。」
父「こう見えても、ゲートボールの腕前には自信があってね。地域の大会じゃ負け無しだよ?森下町の石川遼って言われてるくらいだよ。」
スタッフ「それは素晴らしい特技でございますね。この前、別のお客様に桜木町のタイガーウッズという方がいらっしゃいましてね。」
父「そいつはさぞかしゲートボールの腕がいいんだろな。」
スタッフ「いえいえ、ただの浮気性なだけです。」
父「なんだいそりゃ。えーと、最後は年収か。ん?80歳以上限定なら、年収を書く欄はあんまり意味がないんじゃねぇか?」
スタッフ「あ、それは年金収入の略でございます。」
父「ややこしいな。えー、月18万円っと。ほれ、書いたぞ。」
スタッフ「ありがとうございます。それではまもなく、お待ちかねのトークタイムがございます。女性陣が座っている所に、男性陣が回っていき、さきほど書いたプロフィールカードを見ながらご歓談くださいませ。ただし一人3分という制限時間がありますのでご注意ください。」

親父「なるほどワシらが回転寿司みてぇに回っていけばいいって寸法だな。しかし3分って短すぎやし

ないか。お年寄りをそんなに急かせるんじゃないよ。おっと、そろそろ始まるみてぇだな。」

 

女性A「ナンバー1番、ツルでございます。」

父「ほぉ、ツルさんね。縁起の良い名前ですな。好きな食べ物とかはありますか?」
女性A「すきな食べ物は、柔らかいものでございます。」
父「柔らかいもの?漠然としてますなぁ。」
女性A「あたくし、歯が悪いもので。硬いものはなかなか噛めないんですの。」
父「私も歯は悪くてねぇ、入れ歯にしているんですよ。」
女性A「あら、そうでしたの。実は私も入れ歯ですのよ。大学病院で特注で作ってもらったので、とっても口にフィットしますの。よろしければ、あなたも着けてみます?」
父「いやいや、お気になさらず。本当に!お気になさらず!入れ歯をパカパカさせるんじゃないよ!気持ち悪りぃババアだな〜。
おいスタッフ、まだ3分たってないの?急げよ。こちとら江戸っ子だから待たせるんじゃねぇよ!ふぅ、ようやく交代か。一人目からアレはたまったもんじゃねぇな。」

 

女性B「ナンバー2番、お富でございます。」
父「はいはい、お富さんね。私の名前は『面接トオル』です。」
女性B「え?」
父「あぁ、ちょっと珍しい名前ですみませんね。『面・接・と・お・る』です。」
女性B「え?」
父「あっ、まさかこのババア耳が悪いんじゃないか?あープロフィールカードにも大きめの声で話してくださいって書いてるよ。」
父(ちょっと大きめの声で)「年は取りたくないものですねー。耳が悪いと生活も大変でしょー?」
女性B「え?」
父「こりゃ重症だな。しかし、年の割に肌ツヤはいいんだよなぁ。」
女性B「そうでしょ?」
父「自分に良いことだけ聞こえてやがる、嫌なババアだねぇ。これじゃ会話にならないだろ、次だ次っ!」

 

女性C「ナンバー3番、石原でございます。」
父「石原さんね。あれ、プロフィールにも書いてないんですが、下の名前は何ていうんですか?」
女性C「それが物忘れが激しくて、名前が思い出せないんですの。この前だってテレビを見ていたら、芸能人の名前がパッと出てこないのよ。坂井真紀、酒井美紀水野真紀水野美紀なんてややこしいから、一つの名前にまとめちゃえばいいのにねぇ。」
父「そんな簡単なもんじゃねぇだろ。いや、芸能人の名前が出てこないのはわかるが、自分の名前を思い出せないのは初めて聞いたぞ?」
女性C「あっ、今思い出しました!」
父「おぉ、何ていうんだい?」
女性C「『さとみ』です。」
父「石原さとみねぇ……疑っているわけじゃなぇけどよぉ。どちらかというと良純(よしずみ)に近いけどな。」
女性C「まぁ失礼ね!突然の落雷のあと、ゲリラ号泣にご注意ください。」
父「やっぱり良純じゃねぇかよ。はい、次!」

 

女性D「エントリー4番、エミ子と申します」
父「えっ、あんたエミ子っていうのかい?うちの前のカカアも、エミ子って名前だったんだよ。」
女性D「えっ、珍しいこともあるんですね。聞きづらいことなのですが、前の奥様ということは、お別れになったのでしょうか?」
父「実はですね。2ヶ月前にカカアが亡くなりまして、それで独り身になっていたんです。ちょっと恥ずかしいんですが、おれはカカアがいないと何もできない男でしてね。胸に穴がぽっかりと空いたような気分で、ぼーっとしていたんですよ。」
女性D「実を申しますと、わたくしも夫を半年前に亡くしまして……。息子に第2の人生を歩んでくれって言われて、重い腰をあげてきたのでございます。」
父「なんだか似たような境遇ですな。そういえばエミ子さん、名前だけでなくて顔つきもどことなくカカアに似ていますね。目もある、鼻もある、口もある!」
女性D「面白い方ですのね。」
父「へへへ。(スタッフに呼ばれるので、肩を払う仕草)えっ、もう3分経った?馬鹿野郎。おめぇは江戸っ子かよ、もうちょっとだけ待てって!エミ子さん、こうやって出会えたのも何かの縁。またお茶にでも行きましょうね! ……あぁ、良い人に出会えたなぁ。こんなドキドキしたのは、いつ以来だろう。ああ、胸が熱い!医者を呼んでくれ!」
医者「どうしました?」
父「胸がズキズキしてるんだ、恋の病にかかったみてぇだ。なぁ、何でも治してくれるんだろ?」
医者「申し訳ございません。この症状は我々の手でも治せないんです。」
父「そんな殺生な!このまま胸が苦しいまま生活しないといけないのか?これじゃあ、お先真っ暗だよ!」
医者「そらそうでしょう患者様、恋は盲目でございます。」